麗江、玉龍雪山 (中国、雲南省)
Lijian and Yulong Mountain (Yunnan Province, China)

 

                               玉龍雪山 5596m (Yulong(Jade Dragon) Mountain)

  麗江(標高2400m)は中国雲南省の北西部に位置し、まさに風光明媚、歴史・文化の豊かな地である。世界文化遺産である麗江古城は800年余りの歴史があり、世界中から観光客が訪れる。雲南省は台湾と緯度はほぼ同じであるが、省都の昆明や麗江は標高が高いため冬は暖かく夏は涼しい。麗江にはイ族、ペー族、ナシ(納西)族など多くの少数民族がおり独特の文化を持っている。特にナシ族の東巴(トンバ)文化は固有の象形文字(東巴文字)をもつことで知られる。東巴文字は東巴教の経典に使用されている。東巴文字の伝承者である「トンパ」先生が東巴文字を書いているのを見ることができる。

   麗江の北から東にかけて、ほぼ南北にはしる横断山脈がある。ミャンマーと中国雲南省との国境から、横断山脈、大雪山脈(最高峰はミニヤコンカ7556m)等の山脈がある。この辺りは、インド亜大陸が乗ったプレートががユーラシア大陸と衝突し、北に押し上げて東西方向のヒマラヤ山脈を形成した東になる。ユーラシア大陸は今度は東方向に圧縮を受け南北方向の険しい背稜と侵食による深い峡谷を形成した。ロシアと中東を除くアジアの大河の多くは、ヒマラヤまたはチベット高原に源を発している。ヒマラヤ山脈に南北の流れをさえぎられ、東に流れた川はチベット高原の東で向きを南に変え、麗江の付近の東西の幅がわずか200〜300kmの間に3つの大河が集中している。
   大河の一つは金沙江(ジンシャ・ジャン)から長江、そして瀾滄江(ランツァン・ジャン)からのメコン川と、怒江(ヌー・ジャン)からミャンマーに流れるサルウィン川である。なお、チベット高原の東から南に流れる大河としては、他にミャンマーを流れるイラワジ川(エイヤワディ川)と、ヤルンツァンポ川(雅魯蔵布江)からインドへ出てブラマプトラ川となり、ガンジス川と合流してベンガル湾に出る。
  ガンジス川はヒマラヤの西から回りこんで東に流れ、ツァンポー川と合流するため、チベット高原をカイラス山付近から東西に分かれた水がここで合流することになり、地球規模のスケールである。なお、アンナプルナやダウラギリの氷河や、マチャプチャレからポカラを流れる水も、やがてはガンジス川となりベンガル湾に注ぐ。ポカラのセティ・リバーを見て、ああここを下るとベンガル湾にいけるなぁと思ったものだ。
 蛇足ついでにもう一つ。日本人には揚子江という名前で知られていた長江は、中国では揚子江とは呼ばない。橋の名前との間違いから外国人には揚子江と知られてしまったようだ。

 以下、中村保著「ヒマラヤの東」より引用。
 ヒマラヤを水源とする金沙江はチベットから、四川と雲南の省境をかすめて雲南に入り、南下して長江第一湾で反転(注:川の流れが150度くらい方向転換している)、世界最悪のゴルジュ「虎跳峡(フティアオ・シア)」を激流となって北上する。虎跳峡をはさんで東に玉龍雪山(ユーロン・シュエシャン)(5596m)、西に哈巴雪山(ハーバ・シュエシャン)(5396m)が対峙する。
   中国のアルプス、雪と岩の玉龍雪山は1930年代にニュージーランド人が試み、1984年にヒマラヤ協会隊、85年と86年にアメリカ隊が挑んだが不成功に終わり、1987年、アメリカ隊が初登頂に成功した。


   玉龍雪山は麗江の市内のどこからでも見ることができる麗峰である。中国では、沢山の人が集まる黄山のような、所謂名山の多くにはロープウェイがかけられているが、アルペン的な山にもヨーロッパ・アルプスのようにロープウェイがあちこちにかけられ始めている。延13人の日本人が犠牲となり、また松田宏也氏が奇跡的に生還した四川省のミニアコンカ、7556m(中国名:コンカ・シャン)に海螺溝氷河の末端近くまでロープウェイがかけられた。この玉龍雪山にも氷河の末端付近の4506mまでイタリア製のロープウェイがかけられている。ロープウェイの終点からはさらに階段を登ると、4680mまで行くことができる。自然保護もさることながら、安全に過敏なほど神経質な日本であれば高山病対策などでどうなることだろうか。
  麗江の観光スポットとしては、市内には世界遺産の大研鎮古城、玉龍雪山の眺めもよい黒龍潭公園、麗江東文化園等様々がある。麗江の近くに長江の上流である金沙江(ジンシャ・ジャン)が流れており、上述の虎跳峡や長江第一湾、諸葛亮(孔明)が建てたといわれる石鼓などがある。
  中国で買った本に3ヶ国語で、「麗江--人与自然最完美的結合」、"Lijian:Blending Harmoniously with Nature"、「麗江--人間と自然の最も完璧な組み合わせ」、とあった。

 

 黒竜潭公園。池の水源は奥に見える玉龍雪山。

 古城と麗江の家並み

古城の巷

ナシ族の歌と踊り

 

玉龍雪山のロープウェイの終点から階段を登る。防寒コートはロープウェイに乗る前にレンタルできる。

 階段の最上部、標高4680m。裸で記念撮影をする中国人観光客。霧で見えにくいが、すぐ後は氷河である。

 

長江第一湾。金沙江はここで南向きから北向きの流れに変わる。湾曲しているから湾。流れはゆるやか。相当下流に第二湾がある。

麗江郊外の人。荷物の背負い方に注目。荷物と紐のくくり方はネパールと同じだが、ネパールは額に紐をかけるが、ここでは肩から胸にかけている。

 

 虎跳峡の入口。まだ流れは緩やかである。標高3900m。右岸には大理石っぽい岩壁をくりぬいたりして舗装された立派な歩道がある。

段々急流となる。右側は玉龍雪山5596m、左は哈巴雪山5396mに挟まれ、玉龍雪山と虎跳峡との標高差は約1700mになる。

最も狭い急流部分。1986年に中国隊が特殊なチューブでカプセルを作り、その中に人間が入り通過に成功したとか。普通のラフティングは死にます

金沙江に落ち込む、玉龍雪山の稜線

 麗江東巴文化園の入口

東巴文字。1400以上の単語がある。

 東巴絵画(と言えるかどうか?)、像の周囲に東巴経文が見える。

 

石鼓鎮の石鼓。諸葛亮(孔明)が諸夷を押さえるために建てたものと伝えられた。文字は明代の木氏(世襲の官職を与えられた少数民族の首領。麗江に館がある)と土蕃(チベット)の戦いを記した「太平歌」と「破虜歌」。

石鼓虹橋。長さ18m、鉄鎖に木板を敷いた橋。清代末1888年、ナシ族の初代日本留学生が資金を賄って建てた。左の建屋の中で数人のナシ族の人達が楽器を演奏してくれた。帽子をかぶった人がチョッと見える。

 

 黒竜潭での記念撮影。後列左がナシ族、右はモースオ族(?)。前列も異なる少数民族だがわからない。雲南省の少数民族の衣装はカラフルだ。

東巴の祭祀場の一部

左は東巴文字、右は対応する意味の中国語。麗江東巴文化園で東巴先生に書いてもらった。

   

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