ネパール人と山

     2006年3月 イエティ・パットラ(ネパールのJOCV隊員年報)寄稿を一部修正

            ポカラの国際山岳博物館の庭からのアンナプルナ連峰の眺め

 

  ポカラといえばアンナプルナヒマールを始めとしてヒマラヤが間近に聳え、皆さんご存知のように天気が良ければ素晴らしい山岳風景が展開する。世界のいくつかの山に登り、また景色を眺めたが、ポカラのようなこれだけの大きな街からの景色は世界でも有数のものだろう。インドのダージリンも敵わない。ポカラに来て初めて山が見えた時は感激したものだ。まさに神々の座ともいえる神々しさを感じた。当初は山の名前を人に聞いたり地図で確認したりしたものだ。

しかし、ネパール人は意外と山の名前を知らない。山の名前など余り興味はなく、白い山はヒマールで十分である。エベレストはネパール側から見える場所は少ないため、ネパールの名前は無かった。反対のチベット側からは良く見えるため、チョモランマ(国の母なる女神)とついていたが、いつ頃からかはわからない。ネパールではエベレストなどという外国語の名前では具合が悪いと、後でサガルマータ(大空の頭)とこじつけのような名前がつけられた。山岳博物館のスタッフでさえ博物館から見える山の名前を余り知らなかった。標高や初登頂の年やその国名をまとめて皆に教えたものである。誰でも知っている山はマチャプチャレ。英語に直すとフィッシュテイル、別名、虎の顔に似ていることからタイガーマウンテン。ポカラからは一番立派に見える山である。しかしポカラからはマッターホルン状の美しい形はしているが、もう少し西に行かないと魚の尻尾には見えない。ダウラギリの山名は比較的知られている。アンナプルナI峰は知っていそうで大体は間違ったピークを指す。街で売っているポスターも殆ど間違っている。日本人、いや我がおじさん世代は日本人初登頂として一番関心のあるマナスルも残念ながらどこにあるか知る人は少ない。しかし、博物館に来る日本人でも若い世代は、「えっ、何それ?」って言う人もいる。

さて、トレッキングに行く日本人は顕著なピークがあると、ガイドに「あの山の名前は何?」って聞くだろう。しかしガイドでも知っているとは限らない。トレッキングでポピュラーなジョムソンから見えるニルギリは、北、中央、南峰がある。聞いてもガイドの返事は「ニルギリ」だけ。「ニルギリの何峰だ?」と聞くと、「???」である。残念ながらガイドでも地図を読める人は多くはない。東南アジアの国々では学校で地図を教えている所は少ないが、この国でも例外ではなく、高い教育を受けた人でも「日本はどちらの方向にある?」と聞いてもまずわからないだろう。それで馬鹿にする外国人もいるが、そういう教育を受けていないのだから仕方がない。

名前がわかると、日本人は次に「高さは?」と聞く。ガイドによると、日本人が一番聞くらしい。日本人は好奇心旺盛な民族のようだ。

博物館で困るのはスタッフが登山のことを余り知らないことである。従って登山史はピンと来ない。戦前の英国隊のエベレスト遠征もネパール側からアタックされたと思っていた人も多かった。登山またはトレッキングとは外国人がするものであり、シェルパ等は仕事、つまり収入が得られれば山に登るが、仕事に関係がないとまず登らない。ましてや一般の人は論外である。登山は経験がないと知識として教えてもわかり難い。ネパール人が趣味として山に登る時代はいつになるだろうか?または来るのだろうか?興味のあるところである。

日本では子供が外で元気に遊ぶ声が聞こえなくなって久しい。ネパールでは東南アジアと同様に子供が外で生き生きと元気に遊んでいる。ポカラの近郊の山に行くと、子供がまず話しかけるのが“Give me sweets.” これが子供にとって最初に覚える英語であり、親も教えているようだ。現金な子は直接、” Give me one rupee”、インフレが激しい所では、”Give me ten rupee” となるが、ゲーム感覚で言っているから取り合う必要はない。次に多いのが、” Where are you going?”、である。最初は真面目に答えていたが、余り言われるので頭にきて、余計なお世話だ、”It’s not your business” と言ったが、これは子供には余りわからない。挨拶代わりの「カハー ジャネ」程度とわかってから、「マティ」や、日本語で「あっち」と言っても納得した顔をしている。 “What is your country?” や、”What is your name?” もうるさいほど聞かれる。これも「韓国人」とか「中国人」とか適当に答えても納得してくれる。初対面の外国人にいきなりそんなことを聞くものではない、と言うとわかってくれる子もいる。生意気な子はガイドをしてやると言う。そんな時には俺はガイドだと言って追い払う。物乞い等でしつこい子供には中国語でしゃべるとポカンとしており、撃退には効果がある。最近は韓国人や中国人が増えており、” Are you Korean?” と聞かれることも多い。日本人のトレッカーが減少している証拠でもあろう。日本のトレッカーや観光客は昔の若者が団体で来るのが殆どで現役の若者は少ないため、国の活気の違いを感じ、寂しくもある。

ネパール人の子供は本当に登ることが好きだ。山岳博物館にあるご存知のマナスルの模型など簡単に天辺まで登ってしまう。鉄のフックは一部着いているがちょっとした岩登りである。日本なら危ないから禁止となるし、登ろうとする子は少ないだろう。山の子は木登りやちょっとした岩でもするすると登ってしまう。普段から坂を上り下りしているから足腰は強い。もっと高い山に登りたいかとか、ガイドになりたいかと聞くと、結構ガイドになりたいという子もいる。もう少し平和になって、海外からもっと山やトレッキングに行く人が増えれば、または活況を呈した頃にもどれば、彼らの仕事の機会も増えるかもしれない。

なお、ポカラの山岳博物館にフランスの援助により高さ21.5mの人工壁が建設中である。フリークライミングを楽しみたい方は是非おいであれ。また、5月9日は日本隊のマナスル初登頂50周年記念式が恐らく盛大にカトマンズで行われるので、現役の方は参加下さい。


注】
(1)クライミング用人口壁は5月に完成し、5月23日にフランス大使を招いて竣工式が行われた。スポンサーならびに設計・施工・監督はフランス人登山家のHenri Sigayret氏である。
(2)5月9日のマナスル50周年記念式典は、ネパールの政治・治安状況により、12月に延期となった。

 

ポカラの山岳博物館の敷地に建造され人工登攀壁

Climbing wall at International Mountain Museum in Pokhara

サランコットの小学生。実に天真爛漫、屈託がない。この中に驚くべき演技力でお金をねだる子がいる。筆者の友達になった。貧しそうだ、かわいそうだと、単に哀れみで彼らにモノや金をやることは結果的にスポイルすることになるからやめた方が良い。

 

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